ノース・アメリカン
North American


※社内呼称モデル68(NA-68)
※ペルーに納入されたNA-50の開発を引き継いだノース・アメリカンは、基本的な胴体はそのままに、T-6尾翼を追加し、翼を掃射 swept-backからテーパー型 tapered shapeに変更、エンジンを強化し、もちろん翼下ポッドを含む砲を追加してNA-68とした。1940年、タイは6機の発注を行い、1940年9月に最初のテスト飛行が行われた。同時にタイは、同じくハーヴァード・ファミリーの2人乗り軽爆撃機NA-69を10機発注している。アメリカはタイが日本に接近しすぎることを懸念し、両機の発注は押収され、陸軍航空軍団 USAACに移管されたため、航空機が納入される前に政治的な介入があった。NA-68はP-64として印象づけられたが、生産数が非常に少なかったため、武装解除され、サンタ・アナ Santa AnaのUSAAC主要訓練施設に送られ、戦闘機訓練機として使用されることになった。P-64は1機だけ現存し、ポール・ポベレズニー Paul Pobereznyが航空展示のために飛行させ、最終的にはEAA博物館に退蔵された

↑Image courtesy of Shipbucket.

※NA-68戦闘機の改良型はタイが唯一の顧客であった。シャムは1930年代後半からフランス製航空機をアメリカ製の新機材に置き換え始め、その中にはノース・アメリカンの最新戦闘機や軽爆撃機のテキサン/ハーヴァードも含まれていた。しかし、シャムがタイに移行し、より国家主義的な姿勢をとるようになると、アメリカは軍備の供給に対して警戒心を持つようになった。1940年9月1日、NA-68の初号機がテスト飛行されたが、その直後、アメリカは販売を禁じ、この機体をアメリカの軍用機とすることを印象付けた。そのため、航空試験のためにタイカラーに塗装されたものの、機体はアメリカを離れることも、タイに向けて飛行することもなく、急速にアメリカの丸印でオーヴァーペイントされた

↑Image courtesy of Shipbucket.


Update 23/05/06