ダグラス・エアクフト社
Douglas


※DC-4の初号機が飛行試験に入る直前、ダグラスは航空会社の要望を汲むダグラスの構想ではなく、航空会社の仕様に合わせた機体製造を選択し、大型航空機生産市場をリードする計画を立てていた。しかし、日本がアメリカ太平洋艦隊を壊滅させ、アメリカは大陸横断戦争に突入した。アメリカ政府は、敵が広大な海域に守られた二正面作戦を強いられる状況に陥った。大西洋を片道で横断するという概念自体がまだ非常に新しいものだったが、戦闘物資や兵員を地球の反対側の戦場へ輸送し、また戻ってくるためには、極めて長距離の戦闘機と輸送機が必要となった。1942年初めまでに、大洋横断大型輸送機の設計要請が、ほとんどのアメリカの航空機メーカーに提出された。水上機に目を向ける者もおり、ヒューズ社は“スプルース・グース Spruce Goose”の愛称で知られるHK-1/H-4ハーキュリーズ Herculesでこれに応え、マーチン社はPB2M-1戦闘飛行艇をJRMマーズ Marsに転用した。ダグラス社は、ゼロから設計するのではなく、DC-4の設計をスケールアップし、モデル415として提案した。この設計は空軍の支持を得て、1942年6月には50機の契約が締結され、C-74と命名された。ダグラス社の“-master”の命名スタイルを受け継ぎ、この機体はグローブマスター Globemasterとなった

↑Image courtesy of Shipbucket.


Update 25/09/18