戦車
Tank

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参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
※ロング・トン(long ton)は、帝国単位(ヤード・ポンド法)の質量の単位。2,240ポンド(lb)と定義され、正確に1,016.0469088キログラム(kg)に等しい。インペリアル・トン(imperial ton、帝国トン)とも言い、日本語では英トンとも呼ばれる。アメリカで使用されているショート・トン(short ton、2,000 lb、907.18474㎏)に対して約12%大きく、メートル・トン(metric ton、1,000kg)に対して1.6%大きい
重量:約60t(59ロング・トン、66ショート・トン) 全長:18m 全幅:12m 全高:9m 最低地上高:0.4m エンジン:マイバッハ製エンジン2基 出力:各240馬力(180kW) 主武装:大砲および機関銃(砲塔およびスポンソン) 乗員:10名
※“ツァーリ・タンク”(ロシア語: Царь-танк)は、“ネトピリ Netopyr'”(ロシア語: Нетопырь、直訳すると“コウモリ pipistrelle”)や“レベデンコ・タンク Lebedenko Tank”(ロシア語: танк Лебеденко)とも呼ばれるロシアの装甲車両である。1914年以降、ニコライ・レベデンコ Nikolai Lebedenko、ニコライ・エゴロヴィチ・ジュコーフスキー Nikolay Yegorovich Zhukovsky、ボリス・ステチキン Boris Stechkin、アレクサンドル・ミクーリン Alexander Mikulinらによって開発が進められた。しかし、初期の試験において出力不足であること、また砲撃に対して脆弱であることが判明し、1915年に計画は中止された
※レベデンコ戦車は、現代の戦車とは異なり、履帯(キャタピラ)ではなく三輪式の構造を採用していた。前方に配置された2つのスポーク付き車輪は直径が約9mあり、後部に設置された3つ目の車輪は高さが1.5mであった。レベデンコの回想録によれば、この車両の着想は中央アジアの“アラバ araba”と呼ばれる荷車から得られたものである。この荷車は車輪の直径が大きいため、凹凸や溝を容易に乗り越えることができた。上部の砲塔は高さ約8メートルに達し、車体幅は12mで、側面にはスポンソン(張り出し部)に収められた大砲が2門備えられていた。さらに、車体下部にも武装を搭載する計画があった。各車輪は240馬力(180kW)のマイバッハ製エンジンによって駆動された。各エンジンは駆動用の車輪を回し、それが巨大な車輪のリムに押し付けられることで動力が伝達される仕組みであった。この設計における最高速度は時速10マイル(16km/h)とされていた
※レベデンコはモスクワ(サドヴォクドリンスカヤ通り23番地 Sadovo-Kudrinskaya, 23)に私設研究所を構え、軍からの発注を受けていた。1915年1月、このプロジェクトにとって決定的な意味を持つ謁見の機会が訪れた。レベデンコはニコライ2世 Nicholas IIに対し、蓄音機のゼンマイを動力源とする、木製の模型車両を披露したのである。宮廷関係者の回想によれば、皇帝とレベデンコは、この模型を走らせて遊んだという。模型は絨毯の上を軽快に走り、「ロシア帝国法典」を2~3冊重ねた障害物も難なく乗り越えてみせた。この車両に感銘を受けたニコライ2世は、自身の私財から₽210,000をこのプロジェクトに投じるよう命じた
※この戦車の各部品は、モスクワのハモヴニキ地区 Khamovniki Districtにある工場で製造された。巨大な車輪は、大きな障害物を乗り越えることを想定したものだった。しかし、後部に設置された操舵用のローラーはサイズが小さすぎたうえ、車体全体の重量配分も不適切であったため、試験を開始して間もなく軟弱な地盤に埋まって動かなくなってしまった。240馬力のマイバッハ製エンジンを2基搭載していたにもかかわらず、巨大な車輪をもってしても、車体を脱出させることはできなかった。そののち、1915年8月に行われた委員会による試験でも失敗が続き、9月にはプロジェクトの中止が決定した。それにもかかわらず、ステチキンとミクーリンの二人は、この車両のために新たなエンジン(AMBES)の開発に着手した。しかし、この試みは失敗に終わり、ツァーリ・タンクをその場から動かしたり、試験場から引き出したりしようとする試みもすべて不首尾に終わった。1917年まで、この戦車は試験場で警備されていたが、ロシア革命の勃発に伴い、そのまま放置されることとなった。設計作業が再開されることはなく、巨大な車体はモスクワから約60km離れた森の中で6年もの間、錆びつくままに放置された。そして1923年、ついに解体され、スクラップとして処分された

↑Tsar


※参考文献
ウィキペディア


Update 26/09/20