Antonov
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| 戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません |

↑An-22
↑Image courtesy of Shipbucket.
- ※ブルガリアは、旧ソヴィエト構成国以外で唯一、An-22を自国の航空機登録簿に記載していた国だった。製造された2機目のAn-22は、外部貨物輸送機であるAn-22PZへと改修された。ソヴィエト連邦の崩壊に伴い、同機はウクライナへ移管された。そののち、標準的な貨物機仕様へと復元され、1992年にはエア・ソフィア Air Sofiaへリースされた。1993年に契約が終了した際、同機はウクライナへ返還された
↑Image courtesy of Shipbucket.
- ※アントノフは、ソヴィエト連邦時代にはウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国を拠点とする企業だったが、1991年のソヴィエト崩壊に伴いウクライナの企業となった。An-22の初期試作機の設計・製造はキーウで行われたが、量産はウズベキスタンのタシュケントで実施された。そののち、キーウの設計チームはアントノフ製のジェット輸送機であるAn-124およびAn-225の開発と、それらの構成部品の製造を担うことになった。An-124の最終組み立てはロシアのウリヤノフスクで行われたが、唯一製造されたAn-225はキーウで組み立てられた。組み立て済みの主翼を含む構成部品を輸送するため、アントノフは数機のAn-22を使用した。ウクライナの独立に伴い、これらの機体はウクライナの機体記号へと登録が変更された。その際、ソヴィエト時代の機体番号は維持されたが、国籍記号は“CCCP-”から“UR-”へと変更された。2機のAn-22PZはいずれもウクライナ籍となったが、外部搭載能力を必要とする任務が終了したのちは、両機とも通常のAn-22仕様へと改修が戻されました。2号機は短期間ブルガリアに滞在したのち、退役。同機はドイツのシュパイアー技術博物館 Am Technik Museumに売却され、現在も屋外展示機として保存されている。後期型のAn-22Aも1機、アントノフによって保有され続けた。この機体は、同型機の多くに見られたアエロフロート航空の地味な塗装とは異なる外観をまとっていたが、
ロシアによる侵攻の際に修理不能なほどの損傷を負った
- ※An-22貨物機の設計が進められる中、並行して旅客機型の開発も行われていた。An-22のコックピット部分は2階建て構造になっており、その特徴は当然ながら旅客用キャビンにも引き継がれ、2階建ての客室が採用されることになった。計画された旅客機型は、単に貨物機型の巨大なサイズを維持するだけでなく、全長を15m延長し、724名もの乗客を収容できる仕様となっていた。その航空機には、飛行中の映画上映設備、バー、授乳室、そして寝台室も備えられていただろう。ボーイング社が727の最終仕上げを行っていた1962年という時期に、アントノフ社はすでにワイドボディの“ジャンボ機”を構想していたのだ。残念ながら、この巨大機が設計段階を超えることはなく、驚くべきことに、貨物機型と同じ胴体長のAn-22旅客機でさえ、ついに製造されることはなかった。ここでモデル化されているのは、An-22貨物機を運用した唯一の輸出先であるバルカン・ブルガリア航空 Balkan Bulgarian Airlinesの塗装を施した機体
↑Image courtesy of Shipbucket.
- ※アントノフは、An-22の基本型をベースに、飛行艇型2種や原子力エンジンとターボプロップ・エンジンを組み合わせたハイブリッド型など、幾つかの派生型を提案した。原子力推進に関する試験では、米国のコンヴェアNB-36Hと同様に、遮蔽(シールド)を施した原子炉を搭載した機体で実際に飛行を行う段階まで進められた(ただし、それ以外の点では標準的な機体と外見上の違いはなかった)。計画された派生型の中で最も斬新であり、かつ最も実現性が高かったと思われるのがAn-22Sh。これは、ボーイング社の“グッピー Guppy”シリーズに相当する機体だった。アントノフはウクライナとロシアに拠点を分散させて生産を行っていたため、An-124やAn-225の製造に必要な大型部品を輸送する手段が不可欠だった。同社はすでに2機の機体を改修し、完成した主翼セクションを機外に搭載して輸送できるようにしていたが、エンジンや大型の機体構造物を輸送するには、さらに大きな容積を持つ輸送能力が必要とされていた。そこで、An-22の基本型の後部を改修し、後部を左右に開閉できる構造の貨物機にすることが真剣に検討された。一般に、大型の胴体へ拡張するには低翼配置の機体が有利だが、An-22の場合は主翼桁(スパー)より後方の胴体を膨らませる程度の改修しか行えなかった。さらに、離着陸時のテイル・ストライク(機体後部が滑走路に接触すること)を防ぐために必要な後部胴体の傾斜形状も、高度な地上支援設備なしでの貨物の積み下ろしを行う上では、実用性を大きく損なう要因となっていた。結局のところ、An-22Shが実際に製造されることはなく、設計段階にとどまった
↑Image courtesy of Shipbucket.
Update 26/08/24