コンソリデーテッド・ヴァルティ・エアクラフト
Convair


※社内呼称モデル37
※史上最大のピストンエンジン陸上機は、大陸横断爆撃機の開発から派生した輸送機であった。この爆撃機はダグラス社のモデル423を打ち負かし生産に漕ぎ着けた-それがコンソリデーテッド(コンヴェア)B-36ピースメーカーである。B-36は1946年8月に初飛行を果たし、XC-99は1947年11月24日に初飛行を行った。XC-99はB-36の主翼と尾翼を採用し、新型の複層式胴体を組み込んだ。設計上の積載能力は貨物45t、もしくは完全装備の兵士400名のいずれかであった。ほかの多くの戦後期の設計と同様に、戦争の終結は差し迫った必要性の終焉を意味したため、XC-99は単一のプロトタイプのみが製造された。C-99のフリートは必要なかったものの、この単機は占領下のドイツに駐留する米軍への補給任務や、戦略航空軍団(SAC)のB-36フリート支援において広範に運用された。朝鮮戦争では輸送支援任務に就いたのち、1957年に退役したが、廃棄はされなかった。代わりにテキサス州の屋外保管場所に保管されたが、腐食がひどく進行した。1990年代、この航空機は分解され、部品ごとにデイヴィス・モンサン空軍基地のボーンヤード(boneyard、航空機廃棄場)に移送され、最終的には展示用に修復される予定だった

↑Image courtesy of Shipbucket.
※下はコンヴェア・モデル37計画生産機。アメリカの長距離輸送計画の一環として、米軍が主導的立場を占めたが、民間旅客機の要素もプロセスに組み込まれていた。パンアメリカン航空は、計画中の巨大旅客機の唯一の現実的な潜在ユーザーであった(TWAはより小規模なロッキードのコンステレーション計画を支援していた)。モデル37は、クリッパー・フリートに加わるもう一つの大陸間モデルとなることが期待されていた。しかしパン・ナムが関与した他のスーパー・クリッパー機と同様、モデル37旅客機も光沢ある販促パンフレット以上の進展はなかった。XC-99は性能面で、特に初期エンジンが改良されたのちは、航続距離と積載量が卓越していることを実証した。だがそれらのエンジンは燃料とオイルの消費量が非常に多く、米軍にとって許容可能な経済性は民間航空会社には不利だった。そしてまたしても、軍用輸送機の生産による商業生産の補填が得られない状況下で、大陸横断旅客機の構想は次世代輸送機の設計が始まるまで棚上げされることとなった

↑Image courtesy of Shipbucket.


Update 26/03/08